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青森県八戸市の遺跡から出土した「合掌土偶」

縄文人が土偶で表現した祈りの像

去る8月12日付けの本コラムで、今年新たに登録された世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」を取り上げました。その構成資産の一つ、青森県八戸市にある是川遺跡の対岸に風張1遺跡(縄文後期後半)があり、床に座った姿勢で膝の上で指を組んで両手を合わせる高さ19.8cmの「合掌土偶」が完全な形で出土したことが知られています(写真上は八戸駅構内に展示されていた、実物をモデルに制作されたレプリカ)。体の一部をアスファルト(原油に含まれる炭化水素類の中で最も重質のもの。「土瀝青」「地瀝青」とも呼ばれる)で修復したり、顔などに赤い顔料を塗った痕跡がある貴重なもので、国宝に指定されています。制作年代はおよそ3,500年前頃とされますが、その高度な技術力と当時の縄文人が高い精神文化を持ち合わせていたことに驚かされるとともに、祈る行為(祈り)が人類普遍の尊い営みであることを教えてくれます。同像は「子孫繁栄」「癒しの土偶」とも言われていますが、彼らは何を祈っていたのでしょうか、またなぜそれを土偶にする必要があったのでしょうか。

 

縄文前期に存在した9つの文化圏

縄文前期には、北海道から東北、関東、北陸、東海・甲信、近畿、九州、トカラ列島以南まで日本列島内に9つの文化圏が成立していたとのことですが、土偶が制作された時期や地域は限定的で全国共通同時期ではなかったようです(ちなみに、これまでに出土した土偶で最古級のものは、縄文草創期の滋賀・相谷熊原遺跡、三重・粥見井尻遺跡、鹿児島・上野原遺跡などです)。

 

特別展「縄文2021‐東京に生きた縄文人」が開催中

東京都江戸東京博物館(東京都墨田区)では現在、特別展「縄文2021‐東京に生きた縄文人‐」(https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/s-exhibition/special/32188/jomon2021/)が来月12月5日㈰まで開催されています。過去の実績と最新の調査成果をもとに東京で暮らしていた縄文人に焦点を当てた展示会で、当時の生活のようすが復元模型で再現されているほか、ここでもハート形土偶や土偶「縄文のビーナス」(国宝)、土偶「仮面の女神」(国宝)など100体以上の土偶が展示されています。その様々な造形や表情をひとつずつじっくり観察すれば、縄文人にとって土偶がどんな存在だったのか、土偶に何を託したのか、その手がかりが見つかるかも知れません。